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2017年06月30日

「農福連携」の神髄は、社会で働く人材の育成! 株式会社あすファーム松島 

「障害者をワーカーではなく、対等な人間として見ています。障害者が仕事を通して自分探しをしたり、社会で活躍する人材を育成することが当社の農福連携です」。そう話す(株)あすファーム松島 代表取締役副社長 新沼史智さんに、農福連携のコツや想いについて伺いました。

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△新沼さん。前職のIT企業で経営コンサルに携わっていたことと協議会で農福連携に関わっていたことから副社長に就任。

(※当社発行の農業フリーペーパー「VOICE」39号/2017年夏号より転載)

「農福連携」の神髄は、社会で働く人材の育成!

―農福連携に取り組まれたきっかけを教えてください。
 当社の設立とも関わるので簡単に説明すると、東日本大震災以降、ここ松島町では5つの協議会が立ち上がり、一次産業や観光業、福祉、二地域居住など地域の課題を解決するための様々な動きがありました。その後、協議会の解散が決まり、それら事業の継承を目的に、平成26年に当社が設立されました。農福連携は協議会での1つのテーマでもあり、重要な取組みであることから、当社の中心的な事業に位置付けています。

―現在、何名を雇用されていますか?
 社員は4名ですが全員健常者です。固定で通っている障害者は4名ですが、彼らは連携している社会福祉施設からインターンのような形で当社に来ています。

―障害者の方は雇用されていないのですね。意外に思いました…。
 それは、当社で働くことがゴールではなく、当社で働くことを学んだあと社会に出て働くことがゴールだからです。
 福祉の本来の目的は、「どうしたら社会に出られるか」。つまり、障害者の働ける可能性を伸ばして社会に出してあげることが重要であり、それこそが私たちが取り組む農福連携です。
 当社では設立以降20名以上の卒業生を輩出しましたが、大手企業で働いたり、福祉施設でピアカウンセラーとして働いている人もいますよ。
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―社会に出るためのステップアップとして御社があるのですね。具体的に障害者の方はどのような仕事をされていますか?
 当社は野菜と米を生産していますが、苗を植える、肥料を運ぶ、出荷用の箱を作る、ネギを同じサイズにカットする、作業後に掃除をする、という風に作業を細分化したのち、一人ひとりの状況にあわせて仕事内容を調整しています。
 加えて大事なことは、障害の症状やその人の能力に合わせて手法を変えること。例えば、精神障害の場合は、体力のない方や昼夜逆転している方が多いので、農作業を通して体力作りや生活リズムを整えることから始めます。知的障害や発達障害の方の場合は、当社スタッフが仕事のやり方を見せて、それを覚えてもらい、繰り返し作業をすることで体に仕事の仕方を染み込ませていきます。
 また、どのタイプの障害者でもスローテンポな方が多いので、ゲーム性を持たせて速いペースで仕事をするクセを付けたり、「今日は1時間かかったから明日は50分でしようね」と言って意識付けをして仕事のスピードを速めていきます。
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―能力を伸ばせるかどうかは指導者のスキルによって変わりそうですね。どのようなスキルが求められますか?
 「障害者だから」といって腫れ物に触るようなことを一切しないこと。そして、本人に考えさせること。たとえ「できませんでした。いやだ」と泣いても、「なんで出来なかったのかな?」と考えさせます。それまでは「いやだ」と泣けば許されていたことも、社会に出ると許してくれないじゃないですか。給料がほしいなら尚更です。辛い思いをして乗り越えるという経験が絶対的に足りない方が多いので、それらを経験させてあげることも社会に出るための訓練につながります。
 社会経験を積むという点では、会社まで自力で来られるかどうかも大きなポイントです。福祉関連事業だと送迎が当たり前ですが、一般企業はそうもいかないですよね。当社が駅前にあるのも、自分の足で仕事場まで行くための訓練につなげたいからです。

― 一つひとつの積み重ねが重要ですね。最後に、学生に一言お願いします!
 どんなことでも社会的背景を調べると面白いと思います。例えば「農福連携」も、農業と福祉の両輪が回らないと事業が成立しません。私はIT企業の前は養豚業で働いていたので農業の現状は身に染みて分かっていましたが、福祉は徹底的に勉強し、加えて福祉事業の実績も積み、その上で当社の経営に携わりました。取組みたい仕事と徹底的に向き合い、その上で新しいエッセンスを加えることで、面白い仕事ができると思いますよ!

公式サイト

株式会社あすファーム松島
⇒ http://asu-farm.com/
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※記載情報は取材当時のものです。
※無断転用・転載・改変を禁止します。引用の際は、当社までご連絡ください。
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「ホップが変える、地域と日本農業」 キリン株式会社 

「ホップが日本の農業に与える影響はとても大きい。産地や農業者との関わりを通じて、そう思うようになりました」。そう話すのは、キリン株式会社 CSV戦略部 浅井さん。今回はホップの一大産地である岩手県遠野市と同社が進めるまちづくりプロジェクト「TONO BEER EXPERIENCE」について、浅井さんと同部署の四居さんにお話を伺いました。

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△四居さん(左) と 浅井さん(右)

(※当社発行の農業フリーペーパー「VOICE」39号/2017年夏号より転載)

ホップが変える、地域と日本農業。

―ホップはビール原料の一つなんですね。
 そうです。ホップはビールの香りを決める重要な原料です。当社では日本で生産されるホップの約70%を使用しており、遠野市とは54年前から契約栽培をしています。日本産ホップは生産量が少ないのですが、輸入品と違いフレッシュですし、醸造家からは「日本らしい香りがする」と高評価をいただいています。何より、日本産ホップの可能性はとても高いと感じています。

―そのご縁から、遠野のまちづくりプロジェクト「TONO BEER EXPERIENCE」が始まったのですか?
 実はそれより前から、遠野市との地域活性の取組みは始まっていました。具体的には、平成19年から始めた「TK(遠野×キリン)プロジェクト」という取組みで、遠野市の宝であるホップやそのビールにあう遠野産の様々な食材をPRするというものです。
 その次のステージが「TONO BEER EXPERIENCE」です。これは、地域活性化を目指す遠野市が、地元の資源であるホップの魅力を最大限に活用して未来のまちづくりに取り組むというもので、「ホップの里」から「ビールの里」へ≠テーマに活動しています。現地へ赴くことも多いですよ。

―実際に現地の方々と接する中で、どのようなことが課題だと感じていますか?
 一番の課題は担い手不足ですね。遠野市では、約40年前には239戸あったホップ農家が、現在では35戸にまで減少しました。これは我々の予測をはるかに超えるスピードです。

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△ ホップは多年草のつる性植物で、高さは10メートル前後まで生長します。

 しかし、ある出来事が一気に事態を変えました。2008年に神奈川県から移住し新規就農された吉田さんの存在です。吉田さんは自社農園「遠野アサヒ農園」にて、季節の野菜やスペインで親しまれているビールのおつまみ野菜「パドロン」を中心に生産されており、様々な縁で当社と繋がりました。2015年からはホップ栽培もされています。吉田さんのように、遠野で新規就農した若者が地域の資源であるホップを紡いでいく動きは、地域にとっても当社にとっても、非常に大きな刺激になっています。

 また、吉田さんがホップ生産を始めるタイミングで、東京で開催された「新・農業人フェア」という就農希望者のための合同説明会に出展しました。その時は、遠野市役所の方、ホップ農協の方、吉田さん、当社から浅井が参加しました。ブースへ来た方には「お願いだからホップ農家になってください」という話はせず、「僕たちはビールの里に向かってます。その一員になってください」という話をすると、新規就農者が集まったんです! よくよく考えたら、農業の「川上」から「川下」に関わる人物が全員集まっていたことや、「生産したホップはキリンが100%買い取ります」という販路の確保、住居など生活面のアドバイスがなされたこと、そして何より、コミュニティへ 入ってすぐに友達ができるという環境があったことが大きかったようです。結果論ですが、地域農業を活性させていく上では、その場所にしかない資源を活用したり、農業の未来を見据えたまちづくりやグランドデザインの筋が通っていることが重要だと感じました。

―最後に、学生に一言お願いします!
(四居さん)
 実はこの担当になるまで、「農業は辛くて大変な仕事だ」と思っていました。しかし今は、すごく夢がある仕事だと思っています。農業は農産物の生産だけでなく、地域活性化に携わったり、農業を基幹産業とする地域のプロ デュースまでできる、チャンスの多い業界だと思います。

(浅井さん)
 「ビールの里」が自他共に認められるブランドになった時、遠野の農業自体の付加価値をあげられるのではないかと思っています。農業を軸にした地域活性をしたい方にも、就農を目指している方にも、「ビールの里をつくる仲間になりませんか!?」と言いたいですね。ホップはもっと面白くなりますよ!

公式サイト

キリンが応援する遠野のまちづくり 「TONO BEER EXPERIENCE」
⇒ http://www.kirin.co.jp/csv/connection/tonobeerexperience/



※記載情報は取材当時のものです。
※無断転用・転載・改変を禁止します。引用の際は、当社までご連絡ください。
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「コットンでつながる、被災地と全国」 東北コットンプロジェクト

綿花の生産・販売を通じて、被災地とアパレル業界、国民を繋げる取組みを行っている「東北コットンプロジェクト」。東日本大震災発生後すぐに始まったこのプロジェクトも今年で7年目を迎えます。今回は、プロジェクトの成果や想いについて、広報担当の中野幸英さんにお話を伺いました。

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△広報担当の中野さん。本業はフォトグラファーだが、現地ではコーディネーターや農作業なども行う。

※当社発行の農業フリーペーパー「VOICE」39号/2017年夏号より転載)

コットンでつながる、被災地と全国。

―「東北コットンプロジェクト」が始まったきっかけを教えてください。
 2011年、東日本大震災で発生した津波は、沿岸部の圃場を破壊するだけでなく塩害を残しました。稲作地帯だった荒浜地区や名取地区(ともに宮城県)は、排水施設も壊され除塩作業ができないところが多く、稲作を諦めていました。そこで、塩害に強いと言われている綿花栽培を通して、震災復興や農業再生、雇用創出等につなげようと考え、地域の農業法人とアパレル業界等が連携した「東北コットンプロジェクト」が始まりました。現在、85を超える企業・団体がこの活動にチームとして参加しています。

―活動をされる中で、どのような苦労がありましたか?
 やはりコットン自給率0%の日本での栽培、という難しさです。津波に遭った圃場は砂浜のような状況でしたが、綿花は砂漠など過酷な環境でも育つので「栽培出来るだろう」と思っていました。しかし、それは甘かった。収穫期に実が開かないんです。綿花は乾燥を好みますが、日本は湿気が多く、収穫期には長雨や霜にあたってしまったことが大きな原因でした。1年目はほとんど収穫できず、その量は100キロほど。それでも何とか製品に仕上げました。
 しかしそこで諦めず、農家さんが生産技術を磨いていき、2016年度には1トンを超える収穫量になりました。作付面積も増えていますが、同じ面積で換算しても10倍もの収穫量になっています。収穫されたコットンはプロジェクトチームが全量買い取り糸にしますが、今ではジーンズやTシャツ、鞄など100種類を超える製品が生まれています。

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(左)昨年度の収穫前の綿花(写真提供: 中野幸英氏)/(右)収穫中の様子。手摘みで収穫する。

―メーカー側には「こういう製品にしてほしい」と要望を出すのですか?
 それはないですね。生み出される綿花はあくまで原料なので、そこからどのような製品を生み出すかは各社にお任せしています。
 あと、このプロジェクトには農業もアパレルも関係ない異業種の方にも賛同いただています。例えば日本航空(JAL)さんは、毎年社員さんやボランティアさんが現地に訪れて播種や収穫などの作業をされたり、東北コットンで作った商品を マイレージの交換品として採用しています。

―実際に現場へ赴くのは意味深く、お互いのやりがいにも繋がりそうですね。
 そうですね。震災後、現地の方でさえ近寄らなかった荒れた大地を、自分たちの手で畑に変えた手ごたえは、いまだにチームみなさんが感じています。
 それに、当初は食べ物でない作物を作ることに抵抗を感じる農家さんも多くいた中で「面白そうだ」と思ってコットン栽培に取組まれた農家さんの存在、加えて、当初は3年間で終了予定だったこのプロジェクトを7年目となる今も続けられている農家さん達の想いに応えるためにも、誰もが誇れるブランドに築きあげていきたいと考えています。

―当初は3年間の予定だったのですか?
 そうです。3年間の綿花栽培で圃場を除塩し稲作に戻るという想定でしたが、農家さんが継続を希望されました。震災が契機となりましたが、新しい作物生産に意味を見出し、初年度に諦めなかったことが、スローペースではありますが、成功につながっていると感じています。

―最後に、学生に一言お願いします!
 「どうすれば人の役に立てるか」を考えて道を選んでほしい。頭でっかちはダメですが、これからの時代はモノと心が一緒になっていることが大切だと思います。超ビッグになると同時に誰かを救う、そんな人になってほしいですね。

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収穫後の、ふわっふわの白い綿。

公式サイト

東北コットンプロジェクト
⇒ http://www.tohokucotton.com/



※記載情報は取材当時のものです。
※無断転用・転載・改変を禁止します。引用の際は、当社までご連絡ください。
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「美味しい」でつなげる地域と次代!  結城果樹園 結城翔太

結城果樹園 結城翔太

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(※当社発行の農業フリーペーパー「VOICE」39号/2017年夏号より転載)

プロフィール

氏名 結城 翔太(28)
出身 宮城県亘理郡亘理町
略歴 「将来、農家を継ぐための勉強を」と考え、宮城大学 食産業学部で学ぶ。卒業後、アメリカでの農業研修に参加し、帰国後すぐに就農。現在、生産技術を磨いている。また、「宮城のこせがれネットワーク」代表を務めるなど、活動の幅を広げている。

「美味しい」でつなげる地域と次代!

―就農のきっかけを教えてください。
 大きくは3つあります。1つ目はお客さんの影響です。うちはリンゴを中心に桃やサクランボ等を生産する果樹農家です。全て直売していますが、お客さんから「あなたの家のリンゴは他と違う。旨い」と言われて育ってきたので、「うちのリンゴ旨いんだ。じゃあやらなきゃ」って小さい頃から自然と思っていました。

 2つ目は、大学3年生の時に遭った東日本大震災です。ここ亘理町は津波被害が大きく、幸いうちは被害がなかったのですが、亡くなった友人や全てを無くし「仕事を探しに行く」といって東京へ出る友人もいました。農業をしていくはずだった友人ができなくなり自分が残ったという状況で「何ができるだろう」と考えたときに、本気で就農を考えました。

 3つ目は、海外農業研修での経験です。就農を本気で考え始めた時、たまたま大学で開催された海外農業研修プログラム(※)の説明会に参加して「行こう」と思い、卒業してすぐ19カ月間アメリカへ行きました。そこの農場主はすごく厳しい人でしたが、経営方法がすごく参考になり、彼の哲学や考え方にも大きく影響を受けました。そして、研修を通して「早く農業したい」と思うようになりました。

 帰国後はすぐに就農し、いま5年目です。ちなみに、リンゴを始めたのはお祖父さんの代なので、僕で3代目です。最初からある 一番古い樹は、もう65年も経ちますよ。

―そうなんですね!ただ、それだけ古いと、樹の更新も必要になってきませんか?
 必要ですね。どんどん樹を更新していこうと思って、樹と樹の間に小さい苗木を植えています。人間社会と一緒で、いろんな世代がいないと回っていかないんですよね。

―結城さんは世代交代されたのですか?
 まだまだですよ、ペーペーなんで!たしかに、桃畑の一部は全部僕が管理したり、苗木をいっぱい植えたりしていますが、生産技術も勘も観察力も、圧倒的に足りません。
 とはいえ、技術面で父とケンカすることもあります。父は職人気質で味にすごくこだわっていて、完熟ギリギリまで樹にならせて、味も蜜もしっかりのったところで収穫します。しかし昨年、「爆弾低気圧がこの地域を通る」という予報が出たとき、収穫目前のリンゴがあったんです。僕は「1年かけて育てたリンゴが落とされてはいけない」と収穫を提案しましたが、父は食べてみて「あと3日だな」と言い、結局その日は収穫しませんでした。幸い低気圧が少し逸れたので無事収穫できましたが、経営面と技術面から考えてどちらの判断が正しかったのか、今でも悩みます。ただ、やはりお客さんに評価いただいているのは「美味しい果物だから」なので、職人的な技術面はどんどん究めていきたいと思っています。

―ほかにも今後の目標はありますか?
 技術面だと、剪定技術の向上です。この地域は土が肥えている分、美味しい実がなるのも樹が暴発するのも剪定次第。成功率を上げたいですね。あと、そういった農業技術や地域のストーリーを伝えて興味を持ってもらい、この地域へ来る人を増やしたい。来て見てもらって、食べて「美味しい」って言われると、その人が思っている以上に農家はパワーをもらいます。加えて、かつての僕と同じように、その声を聞いた息子が「継ぎたい」って思ってくれたら嬉しいですね。まだ1歳ですが(笑)。

―夢が広がりますね!最後に、学生に一言お願いします。
 興味があることはやってほしい!できる人とできない人の差って、言い訳にエネルギーを使っているか、行動にエネルギーを使っているかの差だと思います。行動している学生はやっぱりすごい!もし躊躇している方がいれば、まずは一歩踏み出してほしいですね。

(※(公社)国際農業者交流協会の研修プログラム)

<ちょっと気になる一問一答>

Q 趣味は?
A 山登り。東北はいい山がいっぱいありますよ!最近は全然行けていませんが、息子も1歳になり歩けるようにもなったので、今年は行きたいですね。

Q 好きな言葉は?
A 「早く行きたいなら一人で行け、遠くへ行きたいならみんなで行け」という、アフリカのことわざです。一人だと出来ないことも集まると出来ることって沢山あるじゃないですか。色んなところで生きてくる言葉であり考え方だなと思います。

Q 好きな農機具は?
A 道具になりますが、剪定ばさみです。道具にはこだわっていますね。特に剪定ばさみはこだわっていて、父親の代から付き合いのある青森県の鍛冶屋さんに作っていただきました。

Q 好きな農作業の瞬間は?
A 朝と夕方に、日々様子が変わる畑をぐるーっと見る瞬間。朝日は気持ちいいし、夕日が沈んでいく様子もきれいだし。畑の中にいると気持ち良いですね。

Q 好きな異性のタイプは?
A 妻です!学生の頃、海外でバックパッカーをしている時に出会いました。妻は非農家・都会育ちですが、結婚して、友達もいない田舎で大家族の我が家に入りました。環境がかなり変わりましたが、順応して、家事も育児もして・・・女性の柔軟性はすごいですね。



※記載情報は取材当時のものです。
※無断転用・転載・改変を禁止します。引用の際は、当社までご連絡ください。
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2017年03月31日

日本政策金融公庫のお仕事<後編>
農業経営を融資でサポート!〜さいたま支店編〜

農業経営を資金面からサポートし、加えて経営改善のアドバイス等も行う日本政策金融公庫 農林水産事業(以下、日本公庫と記載)。
農林水産業専門の金融機関だからこそできるサポートとは?
実際に資金を利用している農業法人の方も交えてお話を伺いました!
(※当社発行の農業フリーペーパー「VOICE」38号/2017年春号より転載)

農業経営を融資でサポート! 〜さいたま支店編〜

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【農業経営者】 松山英樹さん(写真右)
【日本公庫】   さいたま支店 農林水産事業 坪井泰之さん(写真左)

―松山さんは昨年夏に新規就農されたとのことですが、融資を受けたきっかけを教えていただけますか?

松山さん
 非農家からの新規就農ということもあり、農業機械も資材もなく、加えて手持ち資金も少なかったので、運転資金を確保するため融資を受けたいと思いました。「農業で笑顔を増やしたい!」という理想はありますが、経営の基盤を作らないことには、理想の実現も 挑戦もできませんからね。
 あと、就農をした埼玉県熊谷市は自分の出身地でもなく土地勘もなかったので、就農にあたっては農協の方に相談をしていました。運転資金の確保を考えた時、私が借りたいと思った「青年等就農資金」は日本公庫の資金だったので、農協経由で日本公庫をご紹介いただきました。

―そうなのですね。ご紹介を受けてからどのようなやり取りをされましたか?

坪井さん
 経営計画をご提出いただくことはもちろんですが、技術面やご本人の就農への想い、地域の支援状況なども確認させていただきました。経営計画に関しては、連絡を取り合いながら地域の単収・単価等と比較したり、単収を実現する技術的根拠、規模拡大に必要な農地の確保状況などをヒアリングしつつ、ほかにも、財務や経理のアドバイス、関係機関の紹介などもいたしました。

―お客さまと接する時は、どのような点を大事にされていますか?

坪井さん
 誠実に向き合うよう心掛けています。

松山さん
 おかげさまで想像以上にスムーズに手続きが進み、無事、農機も資材も購入できました。そのおかげで1年目からガンガン作業ができましたよ!

―作目は野菜ですか?

松山さん
 そうです、野菜のみです。ハウス1棟(8畝)と露地7反で季節の野菜を生産し、出荷・販売しています。

―生産技術はどこで身に付けましか?

松山さん
 3年間、隣の市の農家の元で研修をしていました。そこは、自分の理想に近い農業をされていることと儲かっているという点で決めました。かなり忙しい研修先でしたが、「やった分だけ結果が出る」と実感しましたね。世間ではよく「農業は稼げない」って言われますが、やり方次第で大きく変わると思います!

―最後に学生へ一言お願いします!

坪井さん
 当社の農林水産事業は、担い手支援が第一義だと思っています。担い手として頑張るか、担い手を支援する側になるか、選択肢は様々ありますが、農業を盛り立てていくという気持ちがある方と、ぜひ一緒に働きたいと思っています!

松山さん
 農業には夢がある!まずは農業体験を通してそれを実感してほしいですね。そこで「違うな」と思い農業以外の道に進んでも、その業界で必死に仕事をしてほしいし、「農業だ!」と思えば農業の道に進んでほしい。もちろん、新規就農は未経験だと厳しいので、まずは農業研修を積む方が良いと思いますが、農業は若者ウェルカムな業界なので入り込みやすいと思いますし、色々な方に協力いただけると思います。「起業して一発やってやる!」という気合いのある方にもお勧めです!

農業で起業しました!

松山さん.png「起業を考えたときに“農業だ!”って思ったんです」。
そう語る松山さん(31)に、新規就農までの道のりをお聞きしました!

Q. 就農を目指したきっかけは?
A. 大学卒業後、一般企業で働いていましたが、ドライな仕事環境・人間環境が合わず、「自分は本当は何をしたいのか」を真剣に考えました。その時に「自分が関わったコトやモノで皆が笑顔になる仕事がしたい。起業したい」と考え、「農業だ!」と思いました。それが27歳の時です。それからすぐに会社を辞め、3年間の農業研修を経て、昨年夏に埼玉県熊谷市で独立しました。

Q. どうやって農地を取得しましたか?
A. 研修先が隣りの市だったので気候が似ていることと、施設野菜をしたくて借りられるハウスを探している時にここが見つかりました。あと、「地域農業に強い人がいる」と聞けば訪ねたり、農家やJAの方々が集まる会議に参加したり、「本当にできるのか?」と聞かれたときは計画や想いを熱く語るなどをしていると、地域の方々とも仲良くなり、農地もお借りすることができました。情熱をもって動くと、周りの方々は助けてくれると思います!

会社紹介

●日本政策金融公庫 農林水産事業とは?
日本政策金融公庫は、大きく「国民生活事業」「農林水産事業」「中小企業事業」の3事業に分かれています。その中で「農林水産事業」は、農業・林業・漁業・食品産業の事業者へ融資をしています。大きな特徴の一つは株式の100%を国が保有する政策金融機関であること。国の政策を金融面から後押しするという役割があります。
【URL】 https://www.jfc.go.jp/n/recruit/business/business04.html

voice37_13p05.jpg●どんな仕事をしているの?
「社名から堅い会社をイメージされる方もいらっしゃるようですが、必ずしもそんなことないですよ!」と話す職員の皆さまに、就活秘話や仕事のお話を伺いました。
*WEBサイトに掲載中
http://agri-map-interview.sblo.jp/article/177800190.html



※記載情報は取材当時のものです。
※無断転用・転載・改変を禁止します。引用の際は、当社までご連絡ください。
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