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2017年06月30日

【新しい農業に挑戦!】 稲作×ソーラーシェアリング

農業の新しい形のひとつ「ソーラーシェアリング」。
今回は、実際に導入されている(農)木津みずほ生産組合 代表理事 坪谷利之さんに、始めたきっかけや目標などを伺いました。

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(※当社発行の農業フリーペーパー「VOICE」39号/2017年夏号より転載)

【農事組合法人 木津みずほ生産組合】

voice39_4p01.jpg 1986年設立。所在地は新潟県新潟市江南区木津。
稲作専業の農業法人で、耕作面積は約45ha。
現在、常勤スタッフ5名を中心に米を生産・販売している。


【新しい農業に挑戦!】 稲作×ソーラーシェアリング

―なぜ「ソーラーシェアリング」を導入しようと思われたのですか?
 voice39_4p02.jpg メガソーラーを導入している先輩の話を聞いて「楽しそうだな」と思ったのがきっかけです。新しいもの好きだからさ(笑)。
 メガソーラーと違い「ソーラーシェアリング」では、営農の条件等を整え農地を一時転用すれば設置できます(※)。つまり、農業と売電が一緒にできるということ。当社では露地プール育苗の上に設置しています。面積は約1反(育苗の総面積は約5反。ハウス育苗と露地プール育苗が半々あり、露地プール育苗の半分の面積に設置している)。円滑に作業ができるよう、地面からパネルまでの高さは2 m以上あります。
 設置にあたっては、育苗期間や検証方法などで農業委員会ともめましたが、3年がかりで話がまとまり、今年4月から工事を開始し、5月に完成。完成した翌日から売電を開始しました。

―3年がかりですか!大変でしたね…。今年から始められたとのことですが、育苗への影響はありましたか?
 通常の露地プール育苗と比べて、根の張りが少し弱かったり、葉の色が濃かったりしましたが、経験値からして問題ない範囲です。育苗に必要な太陽光は、パネルとパネルの間や横から入るので、日射量はほぼ問題ないと思います。田植えも順調に終了しました。

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(写真ともに) 左:パネルなし、右:パネルあり。若干の差が見られるが問題ない程度。

―今後の生育や収穫量にどのくらい差がでるか気になるところですね。あと、費用についても気になるのですが…。
 設置費はソーラーパネルやパワーコンディショナー、電柱設置費などトータルで約1,800万円です。売電に関しては、産業用なので設置してから20年間の買取保証がされています。売電目標は年間180万円。そうすると、10年間で設置費を ペイできて、残りの10年間は利益になるという想定です。ざっくりだけどね(笑)。
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(写真)左:パワーコンディショナー / 右:電柱と電気メーター。売電の状況が見える。

―ワクワクしますね!あと御社では「ソーラーシェアリング」以外にも、効率的な農業の実践や、農地中間管理機構を活用した農地集積への動き、輸出など新しいことに積極的に取り組まれていますが、どのような農業を目指されていますか?
 儲ける農業!他産業並みどころか、追い越さないとね。そのためにも積極的な情報収集や発信、行動が重要です。外へ出る機会も多いので、現場を任せられるスタッフ達の存在もとても大きいですよ。

(※)営農型発電設備 (通称: ソーラーシェアリング)

平成25年、農林水産省が「支柱を立てて営農を継続する太陽光発電設備等についての農地転用許可制度上の取扱いについて」を公表。農地転用や営農等の取扱いについて取りまとめられている。
詳細⇒ http://www.maff.go.jp/j/press/nousin/noukei/130401.html



※記載情報は取材当時のものです。
※無断転用・転載・改変を禁止します。引用の際は、当社までご連絡ください。
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ベジアナ的 「農業×メディア」の仕事

とても明るく「農の魅力」を伝える小谷あゆみさんに、「ベジアナ」になった経緯や情報発信のコツなどを伺いました!

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△静岡県の農家さんと小谷さん(左端)

(※当社発行の農業フリーペーパー「VOICE」39号/2017年夏号より転載)

ベジアナ的 「農業×メディア」の仕事

―小谷さんは「ベジアナ」として活動されていますが、そもそもベジアナとはどういうお仕事ですか?
 野菜をつくるアナウンサーなので略して「べジアナ」と名乗っていますが、農業との出会いは、石川テレビでアナウンサーをしていた時です。就職留年をしてようやく就けたアナウンサーでしたが、人の書いた原稿を読むだけでなく、「もっと面白いニュースを伝えたい」と思い、野菜づくりや農村を訪ねる企画を制作し、毎週のように一人で車を運転し田んぼへ通っていました。春から秋まで棚田の米づくりを撮影する中で、里山の美しさは人に見てもらうためではなく、おいしいお米を作ろうとする農家の仕事から生まれるんだということにもう完全に圧倒され、「この感動を伝えなくては!」という使命感にかられたんです。
 畑で出会うじいちゃんやばあちゃんの方言もおもしろく、農業・農村はネタの宝庫なんです。石川テレビには10年いましたが、その後退職して上京し、フリーアナウンサーおよびエッセイストとして活動を始めました。東京でも区民農園をやっていて、それをブログで読んだ方が「ベジアナ」と名付けてくれました。

―情報発信に興味のある学生はいると思いますが、同じプロセスを踏みその道へ進むのは難しそうですね…。
 たしかに、まず局アナから始めるのはだいぶ遠回りですね(笑)。私の場合、テレビというマスメディアの内側から職業人をスタートできたのはラッキーだったと思いますが、今の時代なら、情報発信は SNSでも十分できます。何千人もフォロワーを持つ農家さんも大勢います。個人がメディアそのものになって発信ができる「一億総メディア」の時代です。

―小谷さんならではの情報発信のコツはありますか?
 発信というのは、どんな小さなつぶやきでも読んだ人に「影響」を与えます。問題提起として使う人もいるでしょうが、私の場合は、「ポジティブに、感動をおもしろく」がモットーです。
 何をおもしろいと思うかで、自分という人間の正体がバレるんです。その積み重ねが独自の視点≠ノなります。この間、茨城で放牧酪農をやってる友達(上野裕さん)を訪ねたとき、牛よりもウンチの写真をたくさん撮ってアップしました。上野さんはウンチを見るだけで「これは1週間前のだね、これは2週間」と言い当てるんです。爆笑しながら感動しました。放牧は草地が舞台ですから、牛のフンが堆肥になり飼料の草を育てる循環の象徴がウンチなんです。

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―マニアックですね(笑)
 マニアック!最高ですよ(笑)。だって草地の循環を知らないとウンチに感動できませんからね。大笑いして勉強になるウンチよありがとうです(笑)。こうして「農」のマニアックな情報ばかり見つけて発信していると、「どうやら小谷という人は農業をおもしろがっていて発信にも強い人だ」と周りに認識され、仕事が向こうからやってきます。自治体から講演依頼もありますよ。

―努力次第で仕事の幅も広がりそうですね。最後に学生に一言お願いします!
 自分が進みたい方向で職業的に成立している先輩や師匠を見つけて、真似するのがいいでしょうね。わたしには師匠がいなかったので20年かかりました。農業系の新聞・雑誌、地方や移住系のWEBメディアもありますが、そもそも「農業×メディア」とは何か?実は道の駅やアンテナショップ、産直マルシェなんかもメディアなんです。農家自身も発信さえすればメディアです。「農」の魅力をいろんな立場の人が発信してほしいです!

公式サイト

小谷あゆみブログ 「べジアナあゆ の野菜畑チャンネル」 Powered by Ameba
⇒ https://ameblo.jp/ayumimaru1155/



※記載情報は取材当時のものです。
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「農福連携」の神髄は、社会で働く人材の育成! 株式会社あすファーム松島 

「障害者をワーカーではなく、対等な人間として見ています。障害者が仕事を通して自分探しをしたり、社会で活躍する人材を育成することが当社の農福連携です」。そう話す(株)あすファーム松島 代表取締役副社長 新沼史智さんに、農福連携のコツや想いについて伺いました。

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△新沼さん。前職のIT企業で経営コンサルに携わっていたことと協議会で農福連携に関わっていたことから副社長に就任。

(※当社発行の農業フリーペーパー「VOICE」39号/2017年夏号より転載)

「農福連携」の神髄は、社会で働く人材の育成!

―農福連携に取り組まれたきっかけを教えてください。
 当社の設立とも関わるので簡単に説明すると、東日本大震災以降、ここ松島町では5つの協議会が立ち上がり、一次産業や観光業、福祉、二地域居住など地域の課題を解決するための様々な動きがありました。その後、協議会の解散が決まり、それら事業の継承を目的に、平成26年に当社が設立されました。農福連携は協議会での1つのテーマでもあり、重要な取組みであることから、当社の中心的な事業に位置付けています。

―現在、何名を雇用されていますか?
 社員は4名ですが全員健常者です。固定で通っている障害者は4名ですが、彼らは連携している社会福祉施設からインターンのような形で当社に来ています。

―障害者の方は雇用されていないのですね。意外に思いました…。
 それは、当社で働くことがゴールではなく、当社で働くことを学んだあと社会に出て働くことがゴールだからです。
 福祉の本来の目的は、「どうしたら社会に出られるか」。つまり、障害者の働ける可能性を伸ばして社会に出してあげることが重要であり、それこそが私たちが取り組む農福連携です。
 当社では設立以降20名以上の卒業生を輩出しましたが、大手企業で働いたり、福祉施設でピアカウンセラーとして働いている人もいますよ。
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―社会に出るためのステップアップとして御社があるのですね。具体的に障害者の方はどのような仕事をされていますか?
 当社は野菜と米を生産していますが、苗を植える、肥料を運ぶ、出荷用の箱を作る、ネギを同じサイズにカットする、作業後に掃除をする、という風に作業を細分化したのち、一人ひとりの状況にあわせて仕事内容を調整しています。
 加えて大事なことは、障害の症状やその人の能力に合わせて手法を変えること。例えば、精神障害の場合は、体力のない方や昼夜逆転している方が多いので、農作業を通して体力作りや生活リズムを整えることから始めます。知的障害や発達障害の方の場合は、当社スタッフが仕事のやり方を見せて、それを覚えてもらい、繰り返し作業をすることで体に仕事の仕方を染み込ませていきます。
 また、どのタイプの障害者でもスローテンポな方が多いので、ゲーム性を持たせて速いペースで仕事をするクセを付けたり、「今日は1時間かかったから明日は50分でしようね」と言って意識付けをして仕事のスピードを速めていきます。
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―能力を伸ばせるかどうかは指導者のスキルによって変わりそうですね。どのようなスキルが求められますか?
 「障害者だから」といって腫れ物に触るようなことを一切しないこと。そして、本人に考えさせること。たとえ「できませんでした。いやだ」と泣いても、「なんで出来なかったのかな?」と考えさせます。それまでは「いやだ」と泣けば許されていたことも、社会に出ると許してくれないじゃないですか。給料がほしいなら尚更です。辛い思いをして乗り越えるという経験が絶対的に足りない方が多いので、それらを経験させてあげることも社会に出るための訓練につながります。
 社会経験を積むという点では、会社まで自力で来られるかどうかも大きなポイントです。福祉関連事業だと送迎が当たり前ですが、一般企業はそうもいかないですよね。当社が駅前にあるのも、自分の足で仕事場まで行くための訓練につなげたいからです。

― 一つひとつの積み重ねが重要ですね。最後に、学生に一言お願いします!
 どんなことでも社会的背景を調べると面白いと思います。例えば「農福連携」も、農業と福祉の両輪が回らないと事業が成立しません。私はIT企業の前は養豚業で働いていたので農業の現状は身に染みて分かっていましたが、福祉は徹底的に勉強し、加えて福祉事業の実績も積み、その上で当社の経営に携わりました。取組みたい仕事と徹底的に向き合い、その上で新しいエッセンスを加えることで、面白い仕事ができると思いますよ!

公式サイト

株式会社あすファーム松島
⇒ http://asu-farm.com/
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※記載情報は取材当時のものです。
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「ホップが変える、地域と日本農業」 キリン株式会社 

「ホップが日本の農業に与える影響はとても大きい。産地や農業者との関わりを通じて、そう思うようになりました」。そう話すのは、キリン株式会社 CSV戦略部 浅井さん。今回はホップの一大産地である岩手県遠野市と同社が進めるまちづくりプロジェクト「TONO BEER EXPERIENCE」について、浅井さんと同部署の四居さんにお話を伺いました。

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△四居さん(左) と 浅井さん(右)

(※当社発行の農業フリーペーパー「VOICE」39号/2017年夏号より転載)

ホップが変える、地域と日本農業。

―ホップはビール原料の一つなんですね。
 そうです。ホップはビールの香りを決める重要な原料です。当社では日本で生産されるホップの約70%を使用しており、遠野市とは54年前から契約栽培をしています。日本産ホップは生産量が少ないのですが、輸入品と違いフレッシュですし、醸造家からは「日本らしい香りがする」と高評価をいただいています。何より、日本産ホップの可能性はとても高いと感じています。

―そのご縁から、遠野のまちづくりプロジェクト「TONO BEER EXPERIENCE」が始まったのですか?
 実はそれより前から、遠野市との地域活性の取組みは始まっていました。具体的には、平成19年から始めた「TK(遠野×キリン)プロジェクト」という取組みで、遠野市の宝であるホップやそのビールにあう遠野産の様々な食材をPRするというものです。
 その次のステージが「TONO BEER EXPERIENCE」です。これは、地域活性化を目指す遠野市が、地元の資源であるホップの魅力を最大限に活用して未来のまちづくりに取り組むというもので、「ホップの里」から「ビールの里」へ≠テーマに活動しています。現地へ赴くことも多いですよ。

―実際に現地の方々と接する中で、どのようなことが課題だと感じていますか?
 一番の課題は担い手不足ですね。遠野市では、約40年前には239戸あったホップ農家が、現在では35戸にまで減少しました。これは我々の予測をはるかに超えるスピードです。

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△ ホップは多年草のつる性植物で、高さは10メートル前後まで生長します。

 しかし、ある出来事が一気に事態を変えました。2008年に神奈川県から移住し新規就農された吉田さんの存在です。吉田さんは自社農園「遠野アサヒ農園」にて、季節の野菜やスペインで親しまれているビールのおつまみ野菜「パドロン」を中心に生産されており、様々な縁で当社と繋がりました。2015年からはホップ栽培もされています。吉田さんのように、遠野で新規就農した若者が地域の資源であるホップを紡いでいく動きは、地域にとっても当社にとっても、非常に大きな刺激になっています。

 また、吉田さんがホップ生産を始めるタイミングで、東京で開催された「新・農業人フェア」という就農希望者のための合同説明会に出展しました。その時は、遠野市役所の方、ホップ農協の方、吉田さん、当社から浅井が参加しました。ブースへ来た方には「お願いだからホップ農家になってください」という話はせず、「僕たちはビールの里に向かってます。その一員になってください」という話をすると、新規就農者が集まったんです! よくよく考えたら、農業の「川上」から「川下」に関わる人物が全員集まっていたことや、「生産したホップはキリンが100%買い取ります」という販路の確保、住居など生活面のアドバイスがなされたこと、そして何より、コミュニティへ 入ってすぐに友達ができるという環境があったことが大きかったようです。結果論ですが、地域農業を活性させていく上では、その場所にしかない資源を活用したり、農業の未来を見据えたまちづくりやグランドデザインの筋が通っていることが重要だと感じました。

―最後に、学生に一言お願いします!
(四居さん)
 実はこの担当になるまで、「農業は辛くて大変な仕事だ」と思っていました。しかし今は、すごく夢がある仕事だと思っています。農業は農産物の生産だけでなく、地域活性化に携わったり、農業を基幹産業とする地域のプロ デュースまでできる、チャンスの多い業界だと思います。

(浅井さん)
 「ビールの里」が自他共に認められるブランドになった時、遠野の農業自体の付加価値をあげられるのではないかと思っています。農業を軸にした地域活性をしたい方にも、就農を目指している方にも、「ビールの里をつくる仲間になりませんか!?」と言いたいですね。ホップはもっと面白くなりますよ!

公式サイト

キリンが応援する遠野のまちづくり 「TONO BEER EXPERIENCE」
⇒ http://www.kirin.co.jp/csv/connection/tonobeerexperience/



※記載情報は取材当時のものです。
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「コットンでつながる、被災地と全国」 東北コットンプロジェクト

綿花の生産・販売を通じて、被災地とアパレル業界、国民を繋げる取組みを行っている「東北コットンプロジェクト」。東日本大震災発生後すぐに始まったこのプロジェクトも今年で7年目を迎えます。今回は、プロジェクトの成果や想いについて、広報担当の中野幸英さんにお話を伺いました。

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△広報担当の中野さん。本業はフォトグラファーだが、現地ではコーディネーターや農作業なども行う。

※当社発行の農業フリーペーパー「VOICE」39号/2017年夏号より転載)

コットンでつながる、被災地と全国。

―「東北コットンプロジェクト」が始まったきっかけを教えてください。
 2011年、東日本大震災で発生した津波は、沿岸部の圃場を破壊するだけでなく塩害を残しました。稲作地帯だった荒浜地区や名取地区(ともに宮城県)は、排水施設も壊され除塩作業ができないところが多く、稲作を諦めていました。そこで、塩害に強いと言われている綿花栽培を通して、震災復興や農業再生、雇用創出等につなげようと考え、地域の農業法人とアパレル業界等が連携した「東北コットンプロジェクト」が始まりました。現在、85を超える企業・団体がこの活動にチームとして参加しています。

―活動をされる中で、どのような苦労がありましたか?
 やはりコットン自給率0%の日本での栽培、という難しさです。津波に遭った圃場は砂浜のような状況でしたが、綿花は砂漠など過酷な環境でも育つので「栽培出来るだろう」と思っていました。しかし、それは甘かった。収穫期に実が開かないんです。綿花は乾燥を好みますが、日本は湿気が多く、収穫期には長雨や霜にあたってしまったことが大きな原因でした。1年目はほとんど収穫できず、その量は100キロほど。それでも何とか製品に仕上げました。
 しかしそこで諦めず、農家さんが生産技術を磨いていき、2016年度には1トンを超える収穫量になりました。作付面積も増えていますが、同じ面積で換算しても10倍もの収穫量になっています。収穫されたコットンはプロジェクトチームが全量買い取り糸にしますが、今ではジーンズやTシャツ、鞄など100種類を超える製品が生まれています。

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(左)昨年度の収穫前の綿花(写真提供: 中野幸英氏)/(右)収穫中の様子。手摘みで収穫する。

―メーカー側には「こういう製品にしてほしい」と要望を出すのですか?
 それはないですね。生み出される綿花はあくまで原料なので、そこからどのような製品を生み出すかは各社にお任せしています。
 あと、このプロジェクトには農業もアパレルも関係ない異業種の方にも賛同いただています。例えば日本航空(JAL)さんは、毎年社員さんやボランティアさんが現地に訪れて播種や収穫などの作業をされたり、東北コットンで作った商品を マイレージの交換品として採用しています。

―実際に現場へ赴くのは意味深く、お互いのやりがいにも繋がりそうですね。
 そうですね。震災後、現地の方でさえ近寄らなかった荒れた大地を、自分たちの手で畑に変えた手ごたえは、いまだにチームみなさんが感じています。
 それに、当初は食べ物でない作物を作ることに抵抗を感じる農家さんも多くいた中で「面白そうだ」と思ってコットン栽培に取組まれた農家さんの存在、加えて、当初は3年間で終了予定だったこのプロジェクトを7年目となる今も続けられている農家さん達の想いに応えるためにも、誰もが誇れるブランドに築きあげていきたいと考えています。

―当初は3年間の予定だったのですか?
 そうです。3年間の綿花栽培で圃場を除塩し稲作に戻るという想定でしたが、農家さんが継続を希望されました。震災が契機となりましたが、新しい作物生産に意味を見出し、初年度に諦めなかったことが、スローペースではありますが、成功につながっていると感じています。

―最後に、学生に一言お願いします!
 「どうすれば人の役に立てるか」を考えて道を選んでほしい。頭でっかちはダメですが、これからの時代はモノと心が一緒になっていることが大切だと思います。超ビッグになると同時に誰かを救う、そんな人になってほしいですね。

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収穫後の、ふわっふわの白い綿。

公式サイト

東北コットンプロジェクト
⇒ http://www.tohokucotton.com/



※記載情報は取材当時のものです。
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